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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和35年(む)23号 判決 1960年5月11日

被告人 金田文子こと金文子

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する詐欺被告事件について、名古屋地方裁判所豊橋支部裁判官が昭和三五年四月二三日なした保釈請求却下の裁判に対し、弁護人富田博から右裁判の取消請求があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件請求を棄却する。

理由

本件請求の要旨は、被告人金文子に対する詐欺被告事件について昭和三五年四月二一日弁護人富田博から保釈の請求をなしたところ、同年四月二三日名古屋地方裁判所豊橋支部裁判官夏目仲次は刑事訴訟法第八九条第三号に該当するとして右保釈請求を却下する旨の裁判をなした。しかしながら、刑事訴訟法第八九条は事件がさまで重大でなく前科もなければ自白もしており住居もあるような拘束の必要のないものは原則として保釈を許すべき旨を規定しており人権を尊重している規定である。裁判官は同条第三号の「被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪を犯したものであるとき」に該当すると認めて保釈請求を却下しているが、判例学説によれば「常習」とは反覆して犯行をなす習癖あるを云い、その認定は前科の有無、犯行の方法、度数等諸般の事情を徴してこれをなすものとされている。もし「数次の繰返し」を以つて直ちに「常習である」と認定されるなら、右第八九条の権利保釈の規定は殆んど権利保釈としての価値を失い人権尊重の趣旨は全く有名無実のものとなつてしまうと謂わねばならない。而して、被告人には前科がなく、又起訴された本件はもちろん未だ起訴されていない他の四件の詐欺事実について被告人は取調官に対していずれもその事実を認めており、既に捜査を終りただ公判への出頭確保のためにのみ拘置されている状況にある。そして、被告人は不幸にも斯るときに小学二年の長男を交通事故により負傷入院させるという憂目にあつており、母親として看病に飛んでゆきたいであろうその心情は察するに余りあり、この点について充分の御理解を賜り人道的見地からも是非本件保釈請求をお許し願いたい。以上の理由により本件の保釈請求を却下した原裁判は相当でないから、右裁判の取消を求める、というにある。よつて、被告人に刑事訴訟法第八九条第三号に謂わゆる常習性があるか否かについて検討するに、本件被告事件及び勾留事件関係記録並びに検察官提出の資料によると、請求人の主張のとおり、本件前借詐欺の起訴事実以外に現在捜査中の同種事案が四件あること被告人は素直に以上の各事実を認めていることを肯認し得るけれども、その犯罪の性質、態様及び、被告人の現在における家庭環境等を綜合考察すると、被告人に前科がなく本件犯行は最初の犯行であるというような有利な事情があつても、被告人に犯罪を反覆する習性があるとみることを妨げるものでなく、又かくみても請求人の所論のように権利保釈を認めている刑訴の人権尊重の精神を没却するに至るものでないと解すべきである。されば、被告人について常習性を否定する請求人の主張は採用できない。

なお、所論の被告人の長男が交通事故の奇禍に遇い現在入院加療中であることの特別事情については、裁量保釈を考慮すべき余地がないではないが、前記の事情の下においてはこれを認めることは困難である。

これを要するに、被告人に対しては保釈を許すことができないものと謂わねばならず、これと同趣旨に出た原裁判は相当であるから、本件準抗告は理由がないものとしてこれを棄却すべく、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 成智寿朗 水越政雄 鈴木照隆)

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